我思う故に我あり……って問いかけて
「私」は私を疑う、だから私は見えなくなる。
「私」は私を知ろうとする、だから「私」は私を知らない。
「私」は私を言葉で表す、だから私を見失う。
「私」は私を探す、だのに真の私はいない。
私が私を認識しようとしたとき、
真の私からは遠く在ることに気づいた。
分たれた自我を一つにしようと藻掻くほど、
それは薄らぼんやりとした言葉をまとい、
らしく振る舞い満足している。
思い出せ。
まさに心身に隔たりなく、
いかな心持ちいかな振る舞いをしていようとも、
言語化できぬモノになったとしても、
ただひたすら私であったあの瞬間を。
喜べ。
現代は
我ないがゆえに我あり、と
愛するが故に我あり、と
言える時代が既に来ている。
あとは限界値に到達し、気づきがくるその時を待つのみ。
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